(不明) 質問者/ずんだ餅

題名     母の背中
氏名
路傍の木立から蝉の声が聞こえていた
それは私が幼いころのある暑い夏の朝の記憶であった
そのころはいつもの日課となっている鍼治療所への通院をしていた
私は五歳を過ぎていたが歩くことがまつたく
出来なかった
私は日常畳の上で足を投げ出し両手を使って
這いながら移動していた
私しは母の背中におんぶされるのが大好きだった
背中は居心地が良くとても気持ちが落ち着いた
しかし治療所へ出かける時私は嫌がった
母は身長が一五〇センチに満たない小柄な女性であった
その母のお尻をおんぶされながらも私の麻痺している足が蹴って嫌がる意思を母にぶつけていた
そんな私に母はやさしく話しかける
「鍼が終わったら三松屋でラムネを買ってあげるからね」
私は母の優しいその言葉にかすかな声で
「うん」
と額を母の背中に押し当て頷くのであった
私は鍼の治療は苦痛をともなうので嫌であったが
大好きな母の言葉と好きなラムネを飲めと
思うと我慢した
治療所へは5キロの道程だろうか私は帽子を被っていたが
夏の日差しは二人に容赦なく降り注いでいた
母は手ぬぐいを頭に被り後ろで結んでいるだけであった
そんな母のうなじに炭酸水の泡のような汗がにじんでいるのを私は母の背中で見た事をハッキリと記憶の中に刻まれている