季節柄、卒業式や入学式をはじめとする、いろいろな式典での挨拶や祝辞の原稿の代筆依頼が多くあります。いくらセレモニーでの挨拶や祝辞であっても人の思いは様々ですので、当サービスとしてはできるだけお客様のそれぞれのお考えに添う原稿を作成するよう、一生懸命に努力しています。
ただ、最近、どうにも賛成しかねるご希望が増えているように感じます。それは小学校や中学校の入学式の新入生保護者代表挨拶で、新入生に向かって「おめでとうございます」と述べる事例、そのように述べたいというご希望があることです。「自分を誉めてあげたい」式の言い方が流行りだして以降の傾向のように思いますが、これは一体、どういう考えに基づくことなのでしょうか。
もちろん、保護者・親であっても新入学する自分の子、あるいは自分たちの子に対して、「おめでとう」と祝いの言葉を述べていけない訳ではありません。しかし、それはあくまで保護者・親と新入学する子との関係において、言わば親子の私的な場面であれば、です。保護者・親が、新入学する自分の子に対して、きちんと改まって祝意を述べるというのは、とても美しく微笑ましく、素晴らしい行為でしょう。しかし、入学式のような、第三者がいる公式の場では、しかも新入生保護者を代表する立場としては、非常に疑問のある行為だと言わざるを得ません。
入学式における新入生と保護者以外の第三者というのは、これから何年間か世話になる学校関係者や教師であり、PTA代表や地域代表などの来賓です。一般的な式次第から考えて、その人たちは新入生保護者代表挨拶に先立って、新入生や保護者に対して丁寧な祝意、励ましや期待の言葉を述べてくれたはずです。新入生保護者代表としては、そうした祝意・祝辞に丁重に礼を述べ、これから世話になる学校関係者や教師に対しては「よろしくお願いします」と挨拶し、あとは新入生保護者としての決意(というのはオーバーですが)を述べる程度でしょう。そこに、学校特有の事情やエピソードなどがあれば、それも少し絡めて行くのが妥当なところです。
新入生保護者代表として「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます」と述べるのは、自分の子は除外して、他の新入生全員に対しての祝意だ。そういう考えなのかも知れません。しかし、そうだとしても、ずいぶんおかしな理屈です。新入生保護者代表というのは新入生保護者全員の代表です。自分の子だけを除外しての話だというなら、学校関係者や来賓などもいる場で、新入生の保護者全員が他の新入生に対して「おめでとうございます」と述べ合っている。そんな話になってしまいます。少々、礼を欠いた行為だと言わざるを得ません。
要するに、こういう行為・言動というのは、彼我の関係や立場の違いが理解できていない結果ではないでしょうか。若い人(に限らず)の敬語の乱れが指摘されていますが、敬語の乱れの原因は敬語そのものを知らないこと、敬語の語彙が貧弱であることに加えて、自分と敬語を使うべき相手、そして関係する第三者も含めた関係や立場の違いが理解できていないことです。たとえば、顧客から、外出中の自分の上司にかかってきた電話に出て、「○○課長はただ今、外出なさっています」などと応答するような類です。自分と課長の間なら課長に敬語を使うべきですが、社外の顧客に応対するのに課長に敬語(正確には尊敬語)を使うべきではないのです。「○○はただ今、外出しております。」というのが正しい応対です。
新入生保護者代表の挨拶で、「新入生の皆さん、おめでとうございます」と述べるのは、これと同じくらい、とまでは言いませんが、少し似た感じがするおかしな行為だと思います。