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教員採用試験の自己推薦文
教員採用試験の自己推薦文
私学の採用試験の自己推薦文です。どのような点で改善するべきでしょうか。私は、国語という自国の文化を、誇りを持って伝えられる教師、そして、一人ひとりと同じ方向を見て、将来について考えていける教師になることが目標です。
大学においては、文学史、国語史などの総論から、狂言や歌舞伎といった古典芸能までを、幅広く学んできました。また、卒業論文においては、「源氏物語」を当時の生活文化という視点から研究を進めてきました。
文学作品を読み、理解するということに加え、日本の文化としての文学・言語を考えていくことこそが、今後の国語科教育に必要であると、私は考えております。幅広く国語をとらえ、学んできた私だからこそ出来る指導が、ここにあるのではないかと思います。
私は、秘書検定2級を取得しております。これは、日本人としてのマナーや、正しい敬語表現を身につけるために取得したものです。この検定を通し、以上のことが身についただけでなく、私は自分自身の長所を発見することができました。
細かい目配り・気配りという私の長所は、この時まで短所として考えておりました。しかし、周囲の状況の変化を瞬時に感じ取り、相手が動きやすいような配慮が出来るということは、社会人としてだけでなく、教師としても、大切な長所であると、現在は考えております。また、相手の話をよく聞き、必要な時に必要な一言をかけられる、という点も、私の長所であると思います。家庭教師のアルバイトでも、進路選択に悩む生徒さんの話を親身に聞き、自分自身で方向性を見つけていけるよう、共に考えてきました。
特技であるビーズアクセサリーや、ピアノ演奏でも、学問同様、決して妥協することは致しません。自らが描いた理想へと近づくことが出来るよう、決して諦めず、最大限の努力をしていきます。このように、最後まで諦めない粘り強さ、努力する姿勢を、教育の現場で生かすとともに、生徒にも伝えたいと思います。
以上のような私の特性を、貴校の国語科教育に生かすとともに、私自身の目標を、ぜひ貴校で追い続けたく、自らを推薦いたします。
「鼻持ちならない」印象を与える自己推薦文です。
ワンポイントアドバイスですが、3点、ご指摘します。キツイことを書きます。1点目は、はっきり申し上げて、非常に「鼻持ちならない」印象を与える自己推薦文だということです。文章表現そのものは、さすがに論理的な間違いもなく、非の打ち所がないレベルですし、自己推薦文というものの性格上、ある程度自分の宣伝をすることは必要です。しかし、これを読むと、あなたはスーパーウーマンか?と言いたくなるような印象です。若者らしい初々しさも感じられず、将来に期待したくなるような好感も持てません。たとえば、
>細かい目配り・気配りという私の長所は、この時まで短所と
>して考えておりました。
この部分など、ほとんど嫌味にしか聞こえません。一人前の社会人でさえ、細かい目配りや気配りができるという人は少ないのに、自分にはそれが既にできていて、しかも自分でそれが短所と感じられるほどにやれるのだという訳でしょう。そういう話を、社会の苦労を知った大人が聞いたら、どう思うか、ちょっと想像してみてください。
>周囲の状況の変化を瞬時に感じ取り、
云々なども同じです。ともかく、アレコレ書いてあることがすべてすばらしいことばかりで、正直さや誠意、溌剌とした若者らしさといったものが、あまり感じられません。
好意的に解釈すれば、それこそ「若気の至り」ですが、素直に受け取れば、「まだ若いのに、こんな人間いるはずがない。書いてあることはウソばかりだろう」という印象になってしまいます。
2点目は、そういう自己PRの内容のチグハグさです。国語教員としての能力や国文学徒としての能力や意欲と、いくら特技とは言え「ビーズアクセサリー」を同列に論じて、どうするのですか?
>ビーズアクセサリーや、ピアノ演奏でも、学問同様、決して
>妥協することは致しません。
と言うのなら、ビーズアクセサリーの話はともかく、あなたはプロのピアノ演奏家にでもなれる、というのですか?そうでないなら、国語教員をめざす意欲や能力は、所詮、趣味のビーズアクセサリー程度か?という解釈も成り立ちますね。
自己推薦文だからと言って、何でもかんでも、自分を最大限PRすれば良いというものではありません。少しは自分の欠点もあげるほうが、話に信憑性が出ますし、そのほうが好感も持てます。
また、もう少し全体の構成を考えて書き直すほうが良いでしょう。
自分がいかに国語や文学が好きで、熱意を持って学んできたか、また、そういう学問の喜びなどを人に伝えることにもいかに意欲と情熱を持っているか、あとは、人への配慮という話を「味付け」程度に付け加えれば十分です。
3点目は、いつも言うことですが、そういう話を具体的に、事例をあげて書く、ということです。いくら、すばらしい抽象論を並べ立てても、その抽象論を証明、あるいは具体的に説明できるような事例がなければ、結局、自己推薦文作成の指導書まる写しの、奇麗事に過ぎません。