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過去の添削とアドバイス例59 大学日本文学科入試出願自己推薦書

過去の添削とアドバイス例 59
大学日本文学科出願自己推薦書

 
自己推薦書の添削をお願いします。
日本文学または日本語学に興味をもった理由。
本学の日本文学科を選択した理由。
「人物」アピール。
以上の点を盛り込んで1600字以内という規定です。
 
 私の夢は、作品を通して読者に夢や希望、感動を与えられる作家になることだ。
 私は物心つく前から毎晩母に絵本を読んでもらうのが日課となっていた。小学校に入ってからは図書室の児童書や、講談社の『青い鳥文庫』などを読んでいた。
 “悪しき作家とは、読者に理解できない自己の内部での文脈を考慮に入れながら書く連中である。”というカミュの言葉がある。誰もが手軽に情報を発信できる昨今、ネット上には多くの小説が氾濫している。その中には読者の存在を捨て去り、自分ひとりが満足する文章を書く、正にカミュの言葉どおりの人々がいる。ホームページで作品を公開している私は、ネット上でそのような作品を目にすると、自分が小説を書き始めた頃のことを思い出す。当時は全体として稚拙な文章だったが、何より私に足りなかったのは読まれることを意識することだった。
 私は原稿用紙を前にペンを握る時、漠然とした昂揚感を感じる。この白い世界には何も無い。だからこそ何でも創れる無限の世界が広がっている。しかし、そこで意味の無い創造の氾濫を起こすことは、本末転倒というものだ。私が文章を書くのは他人に自分の中にある物語を伝えたいからで、自分ひとりで楽しむためではない。誰かに自分を伝えたいという思いが、私に筆を取らせていた。そして、それは読者の理解を得ずに成しえない。
 私が日本文学科を選択した理由は、夢をかなえる力をつけたいからだ。
 日本語はその圧倒的な語彙の多さと、三つの書き言葉を駆使しているという点で、他国語と一線を引く特殊な言葉である。また、語彙の多さは日本人の文化や心の豊かさを示していると思った。そして、それによって日本語は表現の幅が大きく広げられている。
 同じ意味の言葉でも時と場合、前後の文の微妙なニュアンスによって意味が全く変わってしまう。こうした日本語の言葉一つ一つの使い方はとても面白い。
 また、文学は単に独自の発想の下に書けばよいというものではないと思う。日本文学は長い時を経て培われてきた日本語の変遷を辿る事で日本人の心を改めて学べると考える。
 作家になるには日本語を適切に使う能力と、文章でいかに読む人に自分のイメージを伝えるかという、文章表現の力を身につけなくてはならないと思う。貴学の日本文学科には、二年次より文芸コースが選択可能となるので、日本文学と文章表現を学びたい私には、非常に魅力的である。
 また、私は二点において自己を推薦する。
 一点目は、私は日本文学に対して積極的に突き詰めていくことができることだ。
 私は中学生の時に初めて漢字検定を受けた。自分の興味のあるもので自信に繋がるものができたらと思い、思い切って受検することにしたのだ。その甲斐あって四級に合格した私は、高校生までに二級を取ろうと目標を立てた。そして、ただ問題を解くだけでなく、一つ一つの漢字の意味を調べていくと、新たな発見がたくさんあった。私の名前には「紗」という字が入っているが、これには「うすぎぬ」という意味がある。母に尋ねると、苗字と合わせてシルクロードをイメージしてつけたとのことだった。一文字の漢字でも、その一つ一つに様々な意味が含まれていることに、私は大変興味を覚えた。また、それによって一番身近な氏名にも独自の意味が含まれていたことがわかって非常に嬉しかった。
 それから、高校に入った私はようやく目標としていた二級に合格することができた。
 私は積極的に講義に出席し、実習や話し合いの際に納得するまで取り組みたい。
 二点目として、私は一つの考え方に拘泥しない。自作のホームページを持っている私は、作品の感想を頂く度に同じ文章でも読む人によってイメージが異なっていることを実感した。しかし、それは小説に限ったことではない。重要なのは自分と異なる意見の存在にも耳を傾けることだと考える。自分の意見とは別に、物事を多角的に捉えることは、私たちを豊かにしてくれるからだ。このことは小説の理解にも活かされる。
 私は妥協することなく夢に突き進んでいきたい。以上の点において貴学で学ぶことを強く志望し、自己を推薦する。
 
○全体のまとまりとしてはどうでしょうか。
○ワンポイントありましたらお願いします。
 
もう少し推敲してください。
 仮にも作家をめざすというのなら、もう少し、推敲してから投稿していただくほうが良いですね。
 文学論のようなものですから、ここでアレコレ指摘するのも筋違いのような気がしますが、一応、自己推薦書だということですから、いくつか。
 ホームページで作品発表する他の「作家」の人を罵倒する割りに、あなた自身の日本語が少し、…いえ、作家志望としてはかなりおかしいことには、自覚をお持ちではないのでしょうか?
>読者の存在を捨て去り、
「読者の存在を無視し」などでしょう。文学的表現のつもりなら、こういう文書ではそれは不要です。
>一線を引く
 普通は、「一線を画す」でしょう。
>貴学の日本文学科には、二年次より文芸コースが選択可能となる
 「貴学の日本文学科では」でしょう。これは明確に文法上の誤りです。文学的表現などではあり得ません。
>日本文学に対して積極的に突き詰めていくことができる
 意味不明の感じもありますが、「日本文学というものを徹底的に突き詰めて考えることができる」といったところでしょうか。
 ともかく、この文章には、こういった日本語としておかしな表現があちこちにあり、言いたいことは概ね理解できるものの、それだけにこの微妙なおかしさやズレが、読む者を非常にイライラさせるのです。
 「同じ意味の言葉でも時と場合、前後の文の微妙なニュアンスによって意味が全く変わってしまう。」という部分など、推敲すれば、おかしいことはすぐ理解できるはずです。「同じ意味の言葉」が「意味が全く変わってしまう」というのは、変でしょう?「同じ言葉でも」ですね。
 漢字検定の話とか、自分の名前の漢字に独自の意味があって嬉しいとか、作家志望だということと、書かれている内容の間にあまりにもギャップがあり過ぎます。
 要するに、あなた自身が「自分ひとりが満足する文章を書く、正にカミュの言葉どおりの人々」の一人になってしまっているのです。
 作家をめざしている。そのためには自分の日本語の知識や文章表現能力、日本文学への理解などが不足している。それを貴学で学びたい。と素直に書いてみたらどうですか?
その上で、稚拙ながら、すでに自分で創作活動にも取り組んでいる、などとすればどうでしょう?

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